12時間30分。
気の遠くなるような長いフライトを終えて、飛行機はゆっくりとアタチュルク国際空港に
到着した。
現地時間、午後7時55分着。
上空から見たイスタンブールの街は、10年前と変わらず、点在するモスクと、ごみごみとした住宅やビルで
埃っぽく霞んで見えた。残念ながら、天気はどんよりとした曇り空。
トルコの夕焼けは、無類の美しさ。それを楽しみにしていたのでちょっと残念だったが、
夕闇はあっという間に迫ってきて、入国手続きを済ませているうちに、外はすっかり真っ暗になっていた。
今回の旅は、かなり無理をして出てきた。
3人の子供と、もちろん主人も置いて旅行するということは、常識から考えても無謀なことだし、
実際、パートナーーの工藤さんは次男の才四郎君を連れての旅となった。
昨年末から CILEK とはメールのやり取りを重ねてきて、気心は知れてきたとはいえ、
英語での会話で、どこまで本当に分かり合えているのかという不安は残る。
CILEK からは「アテンドします」という連絡はあったものの、
いったい誰が来てくれるのか名前も分からず、不安は募る一方だった。
「もし、誰も来てくれなかったらどうする?」
「トルコ語しか話せない人だったら、どうしよう?」
そんな不安を口にしながら、到着ロビーに進む。
携帯のカメラで撮った、この写真を見ては切なくなっていました。 才四郎君は、「海ちゃん泣いちゃったー」とあどけない声で何度も繰り返していました。
すると、まるでスポットライトがあたっているかのように、一人の顔がクローズアップされて見えた。
「エロールさんだ!」
ふっと、肩の力が抜けていくのが分かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
エロールさんとの出会いは、2002年秋に遡る。
2002年11月、東京国際家具見本市で、私は長女のために学習机を探していた。
それまでインターネットで、国産のものや輸入家具をいろいろと検索していたのだが、
国産の伝統的なものはあまり好きではなく、海外のものは、あまりに高価でちょっと・・・
という感じだったので、この日、運命的な出会いをしようとはまったく予想もしていなかった。
アジアからヨーロッパのブースに歩いていくと、人だかりのしている広いブースが見えた。
ブースの上には「いちごのロゴ」が大きく飾られている。
そこには、カラフルで、可愛らしい子供家具が、部屋を模して飾られていた。
そのときの「衝撃」というか「興奮」は、今思い出しても不思議なほどで、
私は「この家具を絶対に手に入れたい」と強く思った。
ところが、最終日の午後だったので、当然のように商品には「SOLD OUT」の札が並んでいる。
「どうしても、ほしい!」
あきらめきれず、うろうろとブースの中を歩き回っていたところ、後ろの一角に飾られていた赤い家具、
そこには値札がぽつんと置かれている。
「これって、全部の値段なんですか?」
あまりにも安かったので、ベッドひとつの値段かと疑って聞いてみたところ、
ベッド、机、ワードロープ、チェスト全部の値段だという。
ただし、バラ売りはしないし、配送は全部自分で手配してほしい、という条件だった。
その話を聞いて、私の横にいた夫婦が相談を始めた。
この機会を逃したら手に入らない。
「買います!」と、学生のように手を上げて叫んでいた。
そのとき、通訳をしてくれたのが、エロールさんだった。
そのときに買った RED SHOW シリーズは、友達の評判も良くて気に入っていたのだが、
ただひとつ困ったことがおきた。次女が、「私も机がほしい」とばかりに机を占領してしまい、
長女は床で勉強をすることがたびたびあったのだ。
そうして一年間、長女と次女のバトルは続き、私は次女にも家具を揃えることを決意した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そうとなれば、前回の轍は踏むまい。
今回は初日に行って、絶対にほしいものを手に入れるのだ!
国際家具見本市の初日は木曜日、この日は業者しか入れない。
次の金曜日、土曜日が一般公開日。
「もちろん、朝一番を狙うしかないでしょう」というわけで、朝、次女を幼稚園に送った足で、
お台場のビックサイトへ向かった。
今回の目的は CILEK だけだったので、まっすぐに CILEK のブースに向かうと、
そこにはまた、エロールさんがいた。
エロールさんも「覚えていますよ」といってくれ、私たちは1年ぶりの再会を果たした。
ブースには、インターネットで下調べをしていて、気になっていた新作が並んでいる。
Flora , FE-LILLA , GOLF , TIME OUT , COCO のカーベッド。
なんと、私がほしかった Flora は、オープン前に電気工事業者の人が一目ぼれして買ってしまったそう。
残っていたのは FE-LILLA と TIME OUT だけ。しかも、6点全部を購入しなくてはいけないという。
「絶対、部屋に入りきれないよ・・・」
悩む私に、工藤さんは「買っちゃえ!」とけしかける。
結局、工藤さんに背中を押される形で購入を決意した。
土曜日に、また今年も2トントラックを借りて、自力で搬出を進めた。
たぶん、たくさんのお客さんの中で、業者に頼まず、
自分でトラックを借りて全部運び出す私たちの姿が、エロールさんに強い印象を残していたのだろう。
そのとき、エロールさんは名刺をくれて「何かあったら、わたしにメールをください」と言ってくれた。
これが、すべての始まりだったのだ。
その後、日本で CILEK の商品を輸入しているという会社に問い合わせたところ、
取扱商品はベッド3種類だけということが分かった。
「 CILEK は、家具をトータルで揃えられるのが売りなのに、何でベッドしかないの?
普通、みんながほしがるのは学習机なのに」
こういった思いをメールでエロールさんにぶつけた。
CILEK としても、日本市場でもっと多くの商品を紹介したい、という意図はあるようだった。
といって、私には知識もないし、経験も、資金もない。
どこかの会社で輸入してくれないかな、そんな甘い考えで最初は動いていた。
しかし、考えれば考えるほど CILEK を子供家具のブランドとして育てていくには、
商品を切り売りしないで、愛情を持った人間が管理していくべきだ、と思うようになっていった。
幸い、主人も CILEK のファンであり、理解もある人なので
「がんばってみれば」と背中を押してくれた。
エロールさんとのやり取りは、春先まで続いた。
ところが、ある日を境にエロールさんからの連絡は途絶え、
今度はタマーさんという人が貿易責任者になったらしい。
3月から5月まで、私たちはエロールさんの消息を知ることなく、
タマーさんと CILEK 訪問の話を進めていった。
そして5月2日、空港には、懐かしいエロールさんがいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
お互いに、ちょっとぎこちなく挨拶を交わし、駐車場に向かった。
なんといってもエロールさんと会うのはこれが3度目、
トータルでも30分程度しか話したことはないのだ。
駐車場に着くと、思いっきり「いちごのマーク」の入った車があった。
ふと見ると、エロールさんのかばんにも「いちごのロゴ」が。
「ホントに CILEK がお好きなんですねぇ」
そんな会話をしながら車に乗り込んだ。
アタチュルク国際空港からイスタンブール市内まではおよそ40分。
夏を思わせる空気が濃厚に車内に漂ってきた。
窓を開けて、しっとりと重い空気を感じながら海岸線を走ると、
マルマラ海の向こうにアジア大陸が広がっている。
アジアやオセアニアのリゾートを思わせる海岸沿いの派手な電飾を見ながら進むと、
車は急に左折し、急勾配の、イタリアの下町のような通りに入っていった。
ここが、有名なブルー・モスクやアヤ・ソフィアのある、スルタン・アフメット地区。
坂を上りきると、ライトアップされた寺院が暗闇に浮かび上がっていた。
「ただいま、また来たよ」
そんな感慨を覚えた瞬間だった。
ホテルは、地下宮殿そばにある「キベレホテル」。
CILEK の社長お勧めのプチホテルで、外国からのお客が来ると、ここに案内するのだそうだ。
こじんまりとした入り口を入ると、2,000個のランプが色とりどりの光を投げかけている。
このホテルは、オスマントルコ時代の建物をそのまま使っているので、当然エレベーターはない。
階段は優雅な大理石のらせん階段で、年代ものの絨毯が敷き詰められている。
入り口を入ったところにある、小さなロビーで、「チャイ」をご馳走になった。
ああ、「チャイ」!
トルコに行ったことがある人ならば、誰でもこのちいさな飲み物に感慨を覚えるはずだ。
「チャイ」は、「 TEA 」のこと。
でも、淹れかたがトルコ独自の文化なのだ。
まず、二段になっているポットの上部で茶葉を蒸らし、
下のポットの湯を注ぎいれ好みの濃さにした紅茶で、そこに2つ砂糖を入れて飲む。
しかも、1日に何十杯も。
挨拶をしたらチャイ、ちょっと休憩にチャイ、ごはんを食べたらチャイ、
お友達になりたかったらチャイ。
チャイは人間関係を円滑にする潤滑油でもある。
ここで、エロールさんとチャイをすすっている自分・・・
2,000個のランプが幻想的な光をつむぐ不思議な部屋で、
明日のミーティングという厳しい現実から乖離した自分・・・
私は、本当にトルコまでやってきてしまったのだろうか・・・?
不思議と夢の中にいるような気がした。
明日の予定を取り決め、エロールさんは去っていった。
4階の、広いテラスの付いた部屋に入ると、オスマントルコ時代の香りが濃厚に漂ってくるようだった。
テラスに出ると、暗闇に月。そして、アヤ・ソフィア。
どうぞ、明日のミーティングが成功しますように・・・
ブルー・モスク内陣。トルコの神様、私たちをお守りください。

