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3. 2004年5月3日(月) 会議の行方

ホテルを出て、幹線道路に戻ると、まず昼食をとることになった。
前回のトルコ旅行での食事は、美味しいとは言いがたいものだったので、あまり期待しなかった。
エロールさんは、名物の「イネギョル・キョフテ」を食べましょう、と言う。 キョフテとは、羊肉のハンバーグのようなものらしい。
「ひつじかぁ・・・」
羊といえば、北海道のジンギスカン、イタリアンの香草焼き、トルコ料理のシシケバブ、などが思い浮かぶが、若干臭みもあり、大好きとはいいがたい。 しかし、郷に入っては郷に従え、トルコ料理を堪能しようではありませんか。

幹線道路を左折し、レストランの駐車場に滑り込む。
車を降り、店の正面玄関から入店・・・したはずなのだが、電灯は暗く、客は誰もおらず、一体どこにつれてこられたのかといぶかしんでいると、席は外に設えられている、という。 言葉通り、外の席にはたくさんのお客さんがいて、なんとプールもある。右手には、一段高くなった場所があり、コンサートも開けそうである。 店に隣接して、遊具のある広場もあり、才四郎くんも気兼ねなく遊べそう。
後で話してくれたのだが、工藤さんは「子供連れだし、こんなところで食事したいわー」と思っていたお店だったそうだ。
ここで、私たちは衝撃の食事に出会った。

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「ORHAN2 」というガーデンレストラン
INEGOL KOFTE (イネギョル キョフテ)の看板を掲げた店はたくさんあるが、 ここはエロールさんが連れてきてくれただけあって、絶品。
本当に感動しました。また、食べたい・・・

まず、ヨーグルト飲料のアイランを頼み、辛さに備える。
たしか、椎名誠の「イスタンブールでなまず釣り」の中で 「トルコ料理は辛いから、アイランを飲んで辛さを中和しろ!」とアドバイスされていたのを 思い出したのだ。 アイランは、甘くない飲むヨーグルト。
ヨーグルトも、実はトルコが起源だということはご存知だろうか?
「うそ!ブルガリアでしょ」と茶々を入れたくなるが、 トルコでは、羊の乳のヨーグルトやチーズも良く見かけるので、本当のことらしい。
話がそれるが、チューリップも、オランダではなくトルコが起源。 トルコの観光ポスターにも必ずチューリップがイメージされている。

次に、ヒヨコマメのサラダ。さっぱりとしたオリーブオイルとビネガーの味付け。 うん、これは、美味しい。
おおっと、真打登場!白い皿に無造作にハンバーグ状の物体が・・・、それにドカ盛のヨーグルト。
これがまた、すっぱいんだよなー・・・ため息。
一口、食べて・・・ごめんなさいっ!!!トルコ料理を誤解していました。
世界三大料理だけのことはあります。 羊肉はまったく臭みがなく、まるで備長炭で焼いたような深みと、ほのかな薫りが鼻腔をくすぐります。
ヨーグルトは、きわめて上質なレアーチーズケーキのような軽さ、フレッシュさ。 夢中になって、いただいてしまいました。ご馳走様でした。
今回のトルコ旅行中、日本食が一回も恋しくならなかったほど食事は美味しかったのですが、 私にとって、ここがイチオシのレストランでした。

食事も済み、あとは CILEK の本社に向かうのみ。
CILEK の本社は、ブルサから更に1時間アンカラ方面に向かった INEGOL (イネギョル)にある。 イネギョルは、昔から家具作りが盛んで、 「トルコで家具を買うならイネギョルへ行け」と言われる土地。
エロールさんによれば、イネギョル周辺は森林地帯で、豊かな木材があることから、 家具作りが盛んになったそうだ。 確かに、ブルサからイネギョルまでの道は、北海道の富良野、美瑛のような美しさ。
時は五月、新緑が森を美しく染め上げ、命が芽吹く頃。光り輝くような緑の中、車は会議へと向かって走る。

ふと気がつくと、家具屋、家具屋、家具屋、家具工場、家具工場、家具屋・・・?????
なんだこれは!と叫びたくなるほど、通り過ぎる店、工場すべてが家具に関係するものばかり。 イネギョルのメインストリートをちょっと覗くと、ほとんど家具屋通りの様相を呈している。
その一角を指差し、「あの小さな工場から、CILEK は始まったんだよ」とエロールさんが教えてくれた。 そう、なんといっても CILEK は創業9年の若い会社なのだ。 9年でこれほど成長したのには、子供家具に特化したという、先見の明があったことは言うまでもない。

幹線道路に大きな CILEK の看板が見えてきた。
ここから脇道にそれて、本社への道が始まる。 道のところどころに、CILEK のマークが付いたバスの停留所がある。でも、なぜ?
ここイネギョル周辺は、5月はこれほど風光明媚なのだが、 冬になると豪雪地帯で、社員はイネギョルの町からバスでやってくるのだそう。
「エロールさんは?」と聞くと、「僕は車で通っているよ。朝7時ごろには会社に向かっている」とのこと。
「土曜日も働くし、夜も深夜まで働いている。会議が夜10時からのこともあるしね。」とさらりと言う。
「えぇ?それじゃ日本のサラリーマンより働いてる」と言うと、
「みんな忙しいから、とても日中に集まれないんだ。」
これは、ホワイトカラーの管理職の話。でも、工場も、1日2交代制で深夜まで操業しているのだそうだ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

5分ほど走り、見覚えのある建物が見えてきた。とうとう、写真の場所にやってきたのだ。
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車を駐車場に止めると、白い道が水面を縫うように進み、エントランスまで続いている。
途中、左に目を移すと、木が浮かんでいる。 実際には、浮き島のような設えになっているのだろうが、 水面との高さが絶妙で、まるで水の中に浮かんでいるかのようだ。
そして、エントランスに入ると、正面に世界地図と高く伸びた階段、 天井は三角形の吹き抜けになっていて、燦燦と光が降り注いでいる。 世界地図に点灯している光は、 CILEK のフランチャイズの店舗があるところ。 ヨーロッパ、アメリカだけではなく、アフリカや中南米にも店舗があることが分かる。

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にっこりと笑って近づいてきたのは、新しい貿易責任者のタマーさんだった。
そして紹介されたのは、タマーさんのアシスタントのフサンさんで、とっても優しそうな美人。
「旅はいががでした?お疲れじゃありませんか?」 と優しい言葉をかけられたが、緊張のあまり「 Fine 」だの「 Yes 」だの、 情けない単語しか出てこない。

自己嫌悪のまま、二階に案内されると「富士山」「エベレスト」といった、 世界の名山にちなんだ名前がつけられた会議室がならんでいる。 一室に通されると、遠くに穏やかな稜線の山並みが見えた。
テーブルには、ミネラルウォーターのパックが置かれている。 そこに、ウェイターがやってきた。 背筋がきちんと伸びて、完璧なサービスをするウェイター。
日本の会社だと、「女性社員」が片手間にお茶汲みをするのが普通だろうが、 ここでは正式な仕事としてウェイターがいる。 彼の淹れてくれた「チャイ」は美味しかった。でも、今は味なんて分からない。

ドキドキしていた。 事前に貿易会社にお勤めの方に伺ったところ、 初回のミーティングは「挨拶」程度だよ、と言うことだったが、 私たちはそんな悠長なことはしていられない。
このチャンスを何とかして活かさなければ・・・

タマーさんとエロールさん、私と工藤さん、そして才四郎君が席について、ミーティングは始まった。

車内の会話でなんとなく分かったのだが、エロールさんは私たちが思っていた以上に、 会社の中心人物だった。 タマーさんも、エロールさんの親友だし、工場長も親友。
彼が「 YES 」と言えば、他のみんなはついて来る・・・そんな雰囲気だった。

エロールさんは、今回厚意で出席してくれている。
彼は、本当は今頃、新しいイスタンブールのオフィスの指揮を執っていなくてはいけないのに。 2週間前から、CILEK ではデザイン部門やマーケティング部門をイスタンブールに移し、 ほぼ半数の人がイスタンブールオフィスに転勤になっている。 その、社長の下、つまりNO.2がエロールさんなのだ。
本当は嵐の真っ只中のような忙しさだろう。 彼は、私たちに義理があるわけでもなく、アテンドを断っても良かったのだ。 しかし、なんとか私たちの力になりたいと、今回通訳を買って出てくれた。
その期待に応えなくてはならない。

私たちが持参した資料を見せ、日本市場の説明をし、事業計画を話していたが、
どうも雲行きが変わってきた。

何かに、引っ張られているような気がする。何に?

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

私たちが今回企画していたのは、「現在の私たちに無理なく出来る事業計画」だったのだ。
トルコに来たのは、「商売として販売する以上、工場を見学し、輸出工程を見、 さらには新作を含めた全商品を実際に触ってみて初めて、 自信を持って人に勧めることができる」と、思ったからだった。
しかし、私たちのような何のバックアップもない人間に、商品を販売してくれるのか分からない。
だから信頼関係も築いておきたい。

つまり、当面、オンラインショップとしてやっていく許可がもらえれば、それでよかったのだ。
しかも、私はまだ「 CILEK が直営店を開いてくれたらいいのにな」などと夢見ている始末だった。
ところが、エロールさんも、タマーさんも、「ショールームを持つ気はないですか?」と聞いてくる。

確か、CILEK はフランチャイズ展開で販売を拡大している。
フランチャイズ、と言えばコンビニが代表だが、 契約料・デザイン料・売り上げに応じたキックバック・その他もろもろの費用が膨大で、 今の私たちに出来るものではない。
その旨、エロールさんに伝え、CILEK のフランチャイズ契約はどうなっているんですか?と、 お義理に聞いてみた。すると、エロールさんは
「私はもちろん、それを知っていますが、直接社長に聞いたほうが良いです。待っていてください」
といって、社長を呼びにいってしまった。

心の準備も出来ないまま、コトの成り行きに戸惑っていると、社長が登場した。
社長は、東京国際家具見本市の会場でお見かけしており、 「優しそうなひと」という印象はもっていたのだが、直接話すのは今回が初めてだ。
「集中、集中」と心に念じる。幼い才四郎君はここまで頑張っていたが、 ついに限界になってしまい、泣き出してしまった。 工藤さんは、才四郎君を抱き、気をつかって、外に出て行ってしまった。
わたしは、一人。
エロールさんも、車内での柔和な顔とは程遠い、有能なビジネスマンの顔になり、 まさに孤立無援となってしまった。

落ち着け落ち着け・・・
社長に、持ってきた資料を提示しながら、日本市場の現況と CILEK の販売状況、 ライバル会社の動向などを説明する。 するとエロールさんは、 私の話と併せて、ここに来るまでの会話から重要な部分をかいつまんで、 社長に説明をしてくれた(ようだ)。
社長は「私もまったく同意見です」といい、 現時点での問題点、打開策について同意をしてくれた。

今思えば、おそらく全てはエロールさんの意図するところだったのだろう。 私が社長と会うより以前に、CILEK では、 私たちをバックアップしてくれることが決まっていたように思う。
エロールさんは、昨年からずっとやり取りをしていく中で、私たちの熱意を知り、 信頼を寄せてくれ、応援してくれる気になっていたのだろう。

社長からの提案が出た。
つまり、私たちがショールームを持つ意向であれば、CILEK は全面的にバックアップする。 8つの具体的な協力を申し出てくれた。
フランチャイズで展開する場合、普通はデザイン料などの費用が発生するのだが、 そういったものは今後とも一切請求しない。むしろ店を用意してくれれば、内も外もデザインを含め、 すべて作り上げてくれる・・・というような話だった。

えぇぇぇ!?それは、あまりにも話がうますぎるのではないか?

すぐには信用することが出来ず、「なぜですか?そんなことがありえるのですか?」と、 失礼も省みず、聞いてしまった。

社長の説明は、こうだった。
以前から、日本市場にはぜひとも進出したいと考えていた。 もちろん、トルコ国内では、CILEK は知名度もあり、 フランチャイズで店を持つことは十分な見返りが期待できる。
しかし、まったく知名度のない日本で、事業を始めることが困難なことは十分理解できる。 そのリスクを押して、愛情をもって CILEK を紹介してくれるのであれば、 このくらいの出資はまったく問題にならない。頑張ってほしい・・・。

私は、なんと応えたらいいのか分からなかった。
これが、すごいチャンスだということは分かる。しかし、私に出来るのか。
実店舗を持つということは、莫大な借金を背負うことを意味する。 さらには、子供を預けたり、土日も働かねばならないなど、 即答するにはあまりにも高い壁がありすぎた。
沈黙・・・

社長から、具体的に店を持つのに適した候補地はあるか、などの質問があった。
私たちにとって「夢」でしかなかったが、店を持つのに適した場所はあった。それを説明した。
新浦安の素晴らしい環境、東京からの交通の利便性と、ディズニーリゾートを有する利点、 最近の開発状況などなど。
社長は、満足したようだった。

そして「決心はまだ付きませんか?」と促された。
しかし、ここには相談すべき人がいない。 エロールさんは「こんな良い話はないんだよ」という表情をしている。 後から聞いた話では、社長がこんな提案をしたのはまったく初めてのことで、 自分もびっくりした、と言っていた。
でも、どうしたら良いんだろう。
工藤さんに、相談しないで決められる話でもない。ああ、どうしよう・・・

思い悩む私を見かねて、社長が助け舟を出してくれた。
では、まず工場を見学して、今日は早くホテルに戻って、一晩ゆっくり考えなさい・・・と。

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