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7. 2004年5月4日(火)イスタンブールへ

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池の周りにはテントとベンチが置かれ、リゾートホテルのような雰囲気

ゆったりとした時間が流れていた。
まぶしいほど、緑が輝いている。やわらかな、生まれたばかりの、黄緑色。
これほど、草が美しいと思ったのは、いつ以来だろうか?
そうだ、1年の浪人生活を終えて入学した、大学の教室から見た、木の葉。
きらきらと光り輝いていて、授業の合い間に飽きずに眺めていたっけ・・・
そうか、この感動は、苦しい時間を経て、何かを成し遂げたことへのご褒美なのかもしれない。

水面を風が渡り、遠くで鳥の声がする。
自然はなんと優しく、美しいのだろうか。

エロールさんは、「ちょっと失礼」といい、どこかに消えた。
後で分かったのだが、今日も私たちを連れて、イスタンブールまで長距離ドライブをしなくてはならない。
イスラムの教えでは、日に何度か礼拝をしなくてはならないが、長距離を走るときは、1回、長い礼拝をすればいいのだという。
ヨーロッパ系の風貌で、インテリのビジネスマンの印象のエロールさんが、と思うが、宗教を信じて、自分を律している人は、他人を思いやる優しさを知っている。

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才四郎君をあやしてくれるタマーさん
しまじろうの絵本で遊んでいました

CILEK には、礼拝をする部屋もあるのだが、宗教に関しては非常に自由で、きっちりとコーランの教え通りに礼拝を行ってもいいし、行わなくても、それは本人の自由、というスタンスを取っているのだそうだ。
ただし、社長さんは熱心なイスラム教徒で、「喜捨の教え」を実践している。
私が伺ったのは、マルマラ海沿岸の大地震のとき、3人で自ら車を運転し、食料や救援物資をもって、毎日被災地に通ったこと。
ヤロワにある、 CILEK のフランチャイズ経営のショールームが全壊した時、すべての商品を無償で提供したこと。
イネギョルの貧しい人びとのところへ、食料などをいつも届けていること。
「だから、イネギョルの人は、みんな CILEK さんが大好き」
そう、エロールさんは言った。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

私は特に何かの宗教を信じているわけではないが、宗教の根本のようなものを信じている。
そして、自分だけではなく、周囲も、そして社会も、ともに栄えるように努力しなくては、と思っている。
工藤さんの言う「このプロジェクトは、神様が創ってくれた出発点。だから道をつくらなくては」ということになるのだが、私には何が出来るんだろう?
このエッセイを書いている時点で、いくつかの案を考えている。
自分だけではなく、みんなもハッピーになれる、社会に還元できるものを持つこと。
それが出来れば、きっとこのプロジェクトも成功するだろう。

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ここにコンテナを着けて
荷物を搬出します

時刻は午後2時。
アイルランド行きの荷物を、コンテナに搬入する作業を見せてもらうことになった。
40フィートコンテナがスタンバイしている。

私たちはまずコンテナの内部と大きさを確認するため、中に入った。
思ったより大きい。これに荷物を満載するのだから、1回のオーダーで一体いくらかかるのだろうか?
ビデオをまわしながら、出荷工程をレポートする。
アイルランドの会社は、大口の顧客で、毎月40フィートコンテナのオーダーが入るそうだ。
しかも、通常は動かないようにパレットを使って積むのだが、なるべく多く積み込むため、パレットは使わず、ひとつひとつ手作業で荷物を積み込んでいく。
この積み込み作業のときも、荷物がきちんと揃っているか、ダブルでのチェックが入る。
二重にチェックし、積み込む。
大きなコンテナだけに、気の遠くなるような作業だが、慣れているので3時間程度で終わるという。

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フォークリフトに乗せてもらって
ご機嫌の才四郎君

さすがに3時間見ているわけにも行かないので、これで CILEK の訪問を終了し、イスタンブールに戻ることにした。

帰りがけに、社長室によって挨拶をする。
そこには、工場周辺の地図が広げてあった。
今の工場では生産が追いつかなくなってきているので、さらに大きな工場を建設する予定で、土地の買収を進めているそうだ。

社長の部屋は、まるで世界各国からお土産を買い集めたよう。
基本は、ウェスタン。
馬が好きで、家にも何頭か飼っている。
馬のモチーフの置物などとともに、いたずらっ子のような顔をして見せてくれた引き出しには、世界各国から拾ってきた石。
石の中には、「富士山」と書かれたものもあった。
「富士山に登ったんですか?」と聞くと「 Yes 」
他にも膨大な石のコレクションがあり、エロールさんに「新居の礎石にするんですよね」とからかわれていた。
インターナショナルな雰囲気が濃厚に漂う社長室は、さすがにゴージャスだったが、社長の人柄が滲み出ているのか、とても暖かで居心地の良い空間だった。

長男の社長さんの部屋は、勤勉で簡素な部屋で、製造部門の社長にふさわしい。
階段を下りていると、ちょうどジェネラルマネージャーである、次男の社長が現れ、挨拶を交わした。
この方は、まじめで、すべての面に配慮を忘れない、優等生のような印象だった。
そして、貿易担当の社長は、ウェスタン好きの、豪放磊落な、魅力的な人。

タイプの違う、この3人が力を合わせて経営していることが、 CILEK の強みなのだろう、と思った。

エロールさんと社長さんの話から、帰りに実際のショールームがどのようなものかを見せてくれる段取りなのが分かった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

車に乗り込み、イスタンブールに向かう。
昨日の午後、来たばかりなのが信じられない。
濃密で、充実した2日間だった。
そして、きっとまた、ここを訪れるだろう、という予感。

不思議と、エロールさんとは沈黙が気にならなくなっていた。
戦友のような、信頼しあえる関係が出来つつあったのだと思う。

幹線道路をひた走る車の中で、充実した、また疲労した空気の中で、みんな沈黙していた。
イネギョルからブルサを抜け、海岸へでる。
今回は、イスタンブールのアジア側へ渡るため、往きの大型フェリーではなく、小型の平べったい船に車ごと乗り込んだ。
この船は、車に乗ったまま対岸まで渡るスタイルで、車の間をスィミット(ゴマつきパン)や飲み物をもった売り子がまわってくる。

風に吹かれて、外の景色を眺めていると、ヨーロッパ大陸とアジア大陸の両方が目に入ってくる。
何も違わない陸地なのに、ヨーロッパとアジア・・・何かとても不思議な気がした。

時間は午後6時を過ぎている。
緯度が高いので、まだまだ明るく、とても6時という気がしない。
エロールさんが携帯電話でしきりと話している。
ショールームが6時までなので、私たちを案内できなくなったということらしい。
仕方が無いので、明日の午後、イスタンブール市内のショールームを見学させてもらうことになった。

イスタンブール市内に近づくにしたがって、車の大渋滞が始まった。
私たちの泊まる「ペラ・パラス」ホテルは、ヨーロッパ側にあるので、アジア側からは橋を渡らなくてはならないのだが、皆が橋を目指しているため、とろとろとしか進まない。
これだけの大渋滞と、底知れぬパワーを感じさせる街並。
いつかまた、トルコが世界をリードしていく時代が来るかもしれない。

渋滞の、時が止まったような中で、エロールさんは、メラルさんとの出会いや、その前にあった、大学時代の大恋愛を語っていた。
きっと無意識だったろうし、友達と呼べるほどの仲でもない私たちに、なぜ話してしまったのだろう?
そう、きっとこの2日間で、深く、深く、友情のようなものが芽生えてきたのかもしれない。

はっと気がつくと、ヨーロッパ側に入り、急に車のスピードも上がっていた。
現実に引き戻されていく。
ホテルの入り口で、エロールさんと別れた。
彼は、これからオフィスに戻って、たまった仕事を片付ける、といった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

ペラ・パラスホテルは、オリエント急行の終着駅、シンケジ駅から、紳士淑女が降り立ち、きらびやかな社交界が繰り広げられていた名門ホテル。
時の流れと、設備の老朽化から、私たちでも宿泊できる価格になったのは嬉しい。
このペラ・パラスホテルは、アガサ・クリスティが「オリエント急行殺人事件」を執筆したホテルとしても有名で、彼女は4年半も、このホテルを定宿として利用していた。
アガサ・クリスティファンであった私としては、ホテルが史跡として廃業するという噂のある以上、絶対に今回宿泊するしかない、という気持ちだった。
幸い1泊朝食付きで、なんと1万円弱(2人分の値段)で宿泊できたので、費用節約にも大助かりだった。

ホテルは、古色蒼然としていたが、優雅な、宮廷を思わせる建物だった。
フロントが、お茶目な親日家だったので、なんと私たちは一番豪華なフロアに泊めてもらえた!
ラッキー!

ロビーには、オリエント急行のポスターや、当時使用されていた道具がそのまま飾られている。
このホテルには、建国の父、アタチュルクの部屋も当時のままに残されているし、ジャクリーヌ・ケネディやイングリット・バーグマン他、世界各国の王族や著名人のネームプレートがドアに輝いている。
私たちが宿泊した部屋も、ポー提督の部屋で、テラスを見下ろせる、天井高、ドアの高さが3メートルもある部屋だった。
赤い絨毯を敷き詰めた、大理石の階段を昇ると、私たちの部屋のある1階(日本の数え方だと2階)フロアにつく。
ベルマンに荷物を運んでもらい、ふかふかの絨毯を歩いていると、自分を淑女のように錯覚してくる。
部屋に入り、荷物を解くと、この2日間の疲れがどっと出てきた。

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ペラ・パラスホテルの客室
とってもクラシック

とても、外まで食事に行くことができず、夕食はルームサービスで済ませることにした。
基本的に、私はルームサービスというものを信用していない。はっきりとは覚えていないのだが、昔、不味い食事に当たってしまったからだろう。

あきらめの気分で、トルコ名物、シシケバブを頼むことにした。
しばらくして、食事が運ばれてきた。
見た目は Good 。でも、味はね・・・と思っていたところ、これがまた美味!
今度のトルコ旅行では、食事に関してはびっくりすることだらけだったが、ぺラ・パラスの食事も、ホテルらしく、サラダに至るまで心憎い演出で、本当に美味しかった!

お疲れ様!そして乾杯!


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